【書評】:『FREE <無料>からお金を生み出す新戦略』

書評

今回は世界25カ国で刊行され、インターネットを通じて起きている変革を見抜き、新しい市場の可能性を示唆したビジネス書を紹介します。

『FREE <無料>からお金を生み出す新戦略』

この本の著者クリス・アンダーソンは、Amazonの戦略を説明するために「ロングテール」という概念を提唱した人物として知られています。

本書は2009年に執筆されており、ビジネス書としては古いものだと言えるでしょう。しかし、その内容は恐ろしいほどに「現在」のインターネットビジネスのあり方を的確に予測したものとなっています。

本のテーマはタイトルにもあるように、FREE――「無料」を基本としたビジネスモデルを分析するというもの。

インターネットという革新的な技術が発達することで、世界のビジネスは「フリー」の波に呑まれていくだろうというのです。

この動画では、本書の内容を3つのポイントに要約し、「無料のビジネスが世界を変える理由」について解説したいと思います。

1つ目のポイントは、「限りなく<無料>に近づいたコスト」です。

ビジネスの世界において、「無料」というのは新しい概念ではありません。古くから無料で商品やサービスを提供するケースはたくさんありました。

たとえば試食品・試供品を配るのは一般的ですし、「1000円分の買い物をされた方には一品無料」といったイベントも珍しくありません。

しかし、本書で言うところの「フリー」は、そうしたものとは大きく異なります。

これまで、顧客に対して無料で何かが提供される場合、ほかの部分で顧客から利益を回収することが必要でした。試食品や試供品を提供するのは、「もらうだけでは申し訳ない」という人間の心理を利用して商品を売る。一品無料を目的に集まった人たちに、別の商品を買ってもらうことで利益を伸ばす、といった具合です。

インターネットビジネスにおける「フリー」は、このようなビジネスモデルではありません。無料で提供される商品・サービスは本当に「無料」なのです。

もっとも分かりやすいのは、「グーグル」でしょう。グーグルが提供するサービスは、そのほとんどが利用者から料金を取りません。

検索エンジンはもちろん、グーグルアースやグーグルマップ、Gメールは無料で利用できます。Gメールに至っては、保存できるメールの量は無制限。どうしたらこれだけのサービスを無料にできるのか、不思議に思う人もいるでしょう。

その答えは、「コストがかからない」からです。正確に言うなら「コストが非常に低いため気にならなくなっている」ため。

インターネットの通信速度は日々改善されています。記憶媒体の容量も日進月歩、10年前にはパソコン1台に1テラバイトのHDDが搭載されるとはほとんどの人が予想しなかったはずです。

最近では5G回線という、無線でも動画がスムーズに鑑賞できるという新技術が実用化され始めたという話も聞きます。

このような技術革新により、インターネットにおけるさまざまなリソースは果てしなく低いコストで利用できるようになっているのです。コストが低いのであれば、サービスの料金も安くなります。そして、コストがゼロなら料金をゼロにすることも可能です。

これはデジタルの世界だからこそ実現できるビジネスです。一般的な商品は「物質」で構成されており、そこには必ず原価がかかります。

ビジネスの世界において、原価――すなわちコストを抑えることは重要です。しかし、そこには必ず限界があります。それは、商品の数が増えるほどコストも大きくなるという避けられない現実へとつながるもの。

ところがデジタルの世界では、そうした制限はありません。検索エンジンの開発にはコストがかかりますが、利用者が増えることでコストが増大することはないのです。そのため、利用者が増えるほど、顧客一人当たりのコストは減少していきます。そして、極めて低くなったコストは「気にならない」状態になり、コストゼロ――無料と変わらなくなります。

これが、インターネットビジネスにおける「無料」が実現した理由です。

2つ目のポイントは、「<無料>が広げる市場」です。

企業が無料のビジネスを実現することが可能だとしても、それだけでは利益を得ることができません。企業にとって収益を稼ぐことは至上命題ですから、利益を得る手段は必要です。

再びグーグルを例にしましょう。

グーグルはサービスを提供しているユーザーからはほとんど料金を取っていません。そのため収益源をほかに用意しています。もっとも大きな収益を生み出しているのは「広告」です。

グーグルはユーザーに提供するサービスに広告を掲載することで、莫大な利益を得ています。

グーグルが広告で利益を得られるのは、「大量のユーザーがいる」からです。広告を打つ企業にとって、「その広告がどれだけのユーザーに届くか」が重要になります。より多くの人に広告を届けることができれば、グーグルはそれだけ多くの広告料を得られるようになります。

そこでグーグルは、「ユーザーに無料でサービスを提供する」というビジネスモデルを選択しました。なぜなら、それが「ユーザーを増やす」ための決定打になるからです。

これを理解するには「低価格」と「無料」の間にある壁について知っておく必要があります。

それが分かる事例として、「高級チョコレートと市販のチョコレートのどちらを購入するか」という実験が挙げられています。

1度目は、本来30セントの高級チョコ一粒を15セント、市販のチョコ一粒を通常通り1セントの価格で販売します。すると、73%の人が高級チョコを選択しました。多くの人が、価格差と品質の差を的確に判断し、「高級チョコのほうがお得」だと考えたわけです。

次は高級チョコに14セント、市販チョコを無料にしました。すると今度は69%の人が市販のチョコを選択したのです。価格差も品質の差も変化していないにもかかわらず、一方が無料になった途端、そちらに人気が集中しました。

これには「心理的コスト」が関係しています。人間には「所有物を失うこと」への根源的な恐怖があります。そのため、金銭を支払わなければいけない取引には慎重になり、決断には相応の理由が必要です。この恐怖を乗り越えるために必要な心理的なコストが、有料と無料の間に大きな壁を生み出します。

もし選択肢がどれも「有料」であれば、何を選んでも「支払い」は必要になるため、心理的コストは平等です。そのため、選択は心理的コスト以外の部分で決まります。

ところがそこに「無料」の選択肢が加わることで、「心理的コスト」を避ける道が生まれるのです。するとほかのあらゆる要素を無視して、「無料」を選択してしまいます。

もちろん、心理的コストよりもほかの要素を優先できる人もいます。ただ、心理的コストは人間の本能に違いものであるため、多くの人は「有料」を避け、「無料」を選択しようとするのです。

サービスを無料で提供すれば、ユーザーに心理的コストを負担させることなく利用してもらうことができます。そして、ユーザーが増えるほどに広告収入も高まるため、グーグルはますます無料サービスを充実させるわけです。

3つ目のポイントは、「非貨幣市場の可能性」です。

ビジネスと「無料」の関係において、どうしても避けられない問題が「海賊版」です。技術の進歩が「コンテンツのデジタル化」を推し進めました。小説やマンガ、音楽、映画などはデジタルコンテンツの代表であり、パソコンやスマートフォンがあればいつでも楽しめるものになりつつあります。

ところが、こうしたデジタルコンテンツは簡単にコピーが可能であり、すぐに海賊版が流通してしまうのです。これは技術が進歩することでますます深刻化しつつあります。以前ならCDやDVDなどにコピーが必要だった海賊版は、今やクリック1つでダウンロードできるからです。

著作権を守ろうとさまざまな業界が対策を練っていますが、確実にコンテンツを守る方法はいまだに見つかっていません。

ところが、本書の著者アンダーソンは、「デジタルコンテンツは無料になるしかない」と言います。なぜなら、「デジタルコンテンツのコピーにはコストがかからないから」です。

かつて、音楽は何らかの媒体がなければ販売することができませんでした。古くはレコードから始まり、カセットテープやCDなどに音楽を記憶さえ、その媒体を販売するという商売だったのです。レコードを作るにはコストがかかります。カセットもCDも実体を持つものですから、コストは避けられません。そして、コストがかかる以上は有料で販売する必要があります。

ところが、デジタルコンテンツとしての音楽はそうしたコストがなくとも増やすことができます。データをコピーすれば、いくらでも増やすことができ、そこに特別な技術は必要ありません。そのため、「デジタルコンテンツとしての音楽」は無料、あるいは「ほぼ無料」でなければビジネスとして成り立たなくなっています。

「コンテンツを無料で提供しなければならないなら、誰も作品を作ろうとはしなくなる」と言われています。ところが、実際にはそうはなりません。

その好例がウィキペディアです。ウィキペディアの編集は世界中の有志によって行われ、日々コンテンツが追加されたり改善されたりしています。

編集を行う人には金銭的な報酬はありませんから、タダ働きをしている状態です。そうであるにもかかわらず、ウィキペディアの編集は今でも続けられています。そこには、無料――金銭的な報酬がないことが、コンテンツ制作を止める決定的な理由にはならないことを証明しています。

金銭が介在しないにもかかわらず、コンテンツの制作者がいなくならない理由は、「金銭以外の報酬」が存在しているからです。

金銭以外の報酬はおもに「注目」と「評判」から成り立っています。コンテンツ制作者は「より多くの注目」と「より高い評判」のために活動を続けるのです。

ここで重要なのは、こうした注目と評判は結果として「金銭的な利益」につながるという点です。

コンテンツのデジタル化が進むことで、音楽業界や出版業界は衰退すると言われていました。無料でコンテンツが提供されれば、利益を出せなくなるために業界が消滅するかもしれないと危惧する声さえあったほどです。

ところが、実際には出版市場も音楽市場も拡大を続けてきました。たしかに従来型のビジネスは規模を縮小してきましたが、代わりに「フリー」なビジネスモデルが急成長しています。

無料でコンテンツを提供することで、その製作者が注目と評判を得れば、それを利益につなげる方法はいくらでもあるのです。ミュージシャンであればライブによる収益やグッズ販売による売上が得られます。マンガや小説も無料コンテンツからファンになり、紙の書籍の購入が上がるというケースも少なくありません。

何しろ、この「FREE」という本自体が、そうした手法で売り上げを伸ばしました。全文をインターネットで無料ダウンロードできるようにしたにもかかわらず、30万部以上を売り上げたのです。

従来のような著作権ビジネスは、著作権を直接金銭収入に結びつけるものでした。しかし、「フリー」のビジネスが台頭する時代はそれでは通用しなくなります。代わりに、評判や注目を介した「非貨幣市場」を通じて、著作権とは違う方法で収益化を図らなければなりません。

そして、これはとても希望に満ちた話だと言えます。なぜなら、これからそうした市場に踏み込もうという人の多くは、昔のビジネスモデルなど知らない若者たちだからです。

若い人たちにとって、さまざまなサービスやコンテンツが無料あるいはほぼ無料で利用できるのはもはや常識です。多くの注目、高い評判こそ「利益」を生むことを感覚的に理解している人も多いでしょう。

それをいち早くビジネスに取り込むことができれば、大きな成功を収める可能性は充分にあります。

最後に、「FREE」から学ぶ「無料ビジネス」の3つのポイントをまとめます。

1つ目は「コストが無料になっている」という点です。

デジタルの世界では、さまざまなコストがすさまじいスピードで下がり続けています。そのため、コストはゼロかほとんどゼロとみなせる水準に達し、結果として料金にコストを転嫁する必要がなくなっています。それが、無料でサービスを提供することを可能にしているのです。

2つ目は「無料だからユーザーが増える」という点です。

たとえ1円でも価格が付けば、人は購入を躊躇ってしまいます。しかし、無料で提供されるものなら、「とりあえず使ってみよう」と考えます。そこで品質に納得してもらえれば、ユーザーはどんどん増えていくのです。ユーザーが多くなれば、広告を初めとした収益化の方法はたくさんあります。だからこそ、無料でありながら高品質のサービスが提供され続けるのです。

3つ目は「非貨幣市場の拡大」です。

デジタルコンテンツは、いずれすべて「フリー」な市場との競争にさらされます。コンテンツ自体に価格を付けて販売するのは厳しくなっていくのです。無料でコンテンツを提供するメリットは、注目と評判を得られる点。ユーザーの関心がコンテンツに集まれば、コンテンツ以外の部分で収益化につなげられるようになります。新しいビジネスの形はすでに普及を始め、それぞれの業界を成長させる原動力になっているのです。

インターネットの世界は、物質的な世界とは異なる法則や常識によって動いています。「無料」を基準とした市場はそのなかの1つです。その市場のルールを知ることは、インターネットを活用したビジネスを考えるうえでは必要不可欠だと言えます。

「FREE」の出版は2009年ですが、その内容は10年以上昔に書かれているとは思えないほど、今の世の中を見通しています。そこには「インターネットビジネスの本質」を捉える目があるのです。「無料の世界」を理解することは、これからのビジネスを知ることにつながるもの。ぜひ一読してみることをおすすめします。

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