【書評】:『弱者の戦略』 弱者が生き残るためには?弱肉強食の自然界に学ぶ巧みな生存戦略

書評

SNSやブログ、動画投稿サイトなどの普及により、個人が発信力を持てる世の中になった。個人や小さな組織体の活動が、時には大企業に匹敵するほどの大きな影響力を持つ場合も増えているのだ。それにともない、大きな組織や企業に属さず、自由に身動きがとれる点を強みとした新たなビジネスのスタイルが確立されつつある。

しかし、単純に競争力という点で見ると、小さな組織はあくまでも「弱者」であり、「強者」である大きな組織とまともに戦うことはできない。正攻法で競っても飲み込まれてしまうので、独自の強みを生かした戦略が求められるのだ。

『弱者の戦略』(稲垣栄洋/新潮選書)は、タイトルから判断すると、一見ビジネス上の弱者が強者に勝つための方法について淡々とまとめられているような印象を受ける。しかし、本書の特筆すべき点は、「生物学」の視点から弱者が生き残る術を考察していることにあるのだ。

弱肉強食という厳しい自然界の掟のなかで、なぜ強い生き物だけでなく弱い生き物までもがたくましく子孫を残していけるのか。そこには、したたかに生き抜くための「弱者の戦略」があり、弱いものが強いものに立ち向かう重要なヒントが隠されている。農学者である著者は本著を通じて、厳しい競争を勝ち抜く生物の営みから、人間が強く生きるための方法へと迫っているのだ。

本書で紹介されているのは、どれも力の弱い生き物ばかりである。たとえばナマケモノは、その名の通り一日のほとんどを眠って過ごし、動作のスピードにも難点を抱える生き物だ。100メートルを移動するのに1時間もかかり、あまりの鈍さに身体には苔が生えるほどだという。

しかし、実はこうした生態こそ、ナマケモノが生き残るための戦略なのである。弱者であるナマケモノにとって、天敵となる強者にあたるのはジャガーだ。動きの素早いジャガーは、平地の敏捷性に優れているだけでなく、木登りや水泳も得意とする圧倒的な強者だといえる。

それに対して、ナマケモノは「徹底的に動かない」という戦略によって、生存への道を切り開いている。ジャガーなどの肉食動物は動体視力に優れているものの、木の葉に隠れた動物を見つけるのはあまり得意ではないため、ナマケモノはうまく狙いをかいくぐることができるのだ。身体に生えた苔も、木の上で生活をするナマケモノにとっては、身体を隠すために好都合である。

また、動かないという戦略は、エネルギー効率の面から見ても優れた戦い方だといえるだろう。多くの動物は、エサをとるためにほかの動物と競わなくてはならないが、エネルギー消費の少ないナマケモノは戦いを避けることができる。さらに、毒を持った木の葉をエサとする彼らには、そもそも食料を巡って争う相手もあまりいないのだ。

目立たずに低コストで活動するナマケモノの戦略は、ビジネスに置きかえてみても、弱者が強者と渡り合うために役立つヒントとなる。個人や小さな組織で動く時には、大きな組織と正面からぶつかり合うのはあまり得策ではない。純粋な力比べになれば、資産や組織力の差によって勝機がなくなってしまうだろう。

まずは、天敵がどのような性質を持っているのかを知り、見つからないように工夫することが大切なのである。そのうえで、自分だけの狩り場を見つけることができれば、たとえ力は弱くても生き延びる確率は高まるのだ。

著者によれば、「まわりにいるすべての生き物たちは、自然界を生き抜いているという点で、どれもが『成功者』である」という。本書では、そのなかでも弱い生き物が子孫を残すために選んだ、ユニークな方法が数多く紹介されている。

ただ単に強者の真似をするのではなく、自然界のたくましき弱者から学ぶことで、人生の新たなヒントに出会えるだろう。激しい競争社会のなかで、自分の弱さを知りながらも強く生き抜こうとする人にこそ、ぜひ本書を手にとってもらいたい。

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